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5月 2日 リビングピンクリボン エッセイ8

pinkribbon.jpg乳がんで悲しむ人をなくすために、みんなでピンクリボンをひろめましょう
リビングマロニエ
ピンクリボンキャンペーン

 日本人の20人に1人が、乳がんを患うと言われる現代。ぜひ人ごとと思わず、自分のため、大切な家族のために、乳がんの早期発見につとめましょう。


お知らせ・・・・・

「2008あけぼの会 母の日キャンペーン」
 乳がん患者会「あけぼの会」が、恒例の母の日キャンペーンを行います。「乳がんで命を落とすことのないように」と祈りを込め、会場でポケットティッシュと自己検診用手袋を配布。栃木県保健衛生事業団のマンモグラフィ検診車の展示も。あけぼの会栃木支部:栗原=TEL 090(2746)4455携帯 http://www.akebono-net.org
日時■5月11日(日)正午〜(ティッシュ終了まで約1時間)
会場■FKDインターパーク店(検診車は宝くじ売場付近)


「リマンマ製品の展示・試着・相談会」カトレア会
 乳房を切除した方の体型を補正するための下着やパッドなどの製品の試着ができます。またワコールとユニーの担当者が相談にのります。関心のある方はぜひ直接おでかけを。「カトレア会」は県立がんセンターの後援による乳がん患者の友の会。入会は随時:大竹= TEL 028(635)6039
日時■5月26日(月)午前10時〜正午、午後4時〜5時
会場■県立がんセンター本館3階講堂


「キラキラピンクリボン」を取扱中!
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 栃木リビング新聞社ではあけぼの会の「キラキラピンクリボン」バッジを販売中。1コ1000円。詳しくはリビング=TEL 028(600)8800へ。


■リビングマロニエ ピンクリボンキャンペーンは、「たいらや」、「福田屋ショッピングプラザ宇都宮店・FKDショッピングモール宇都宮インターパーク店」の協賛をいただいております



リビングピンクリボン エッセイ8
「私が乳がん: 夢であって欲しいと何度思ったことか…」 壬生町 T

〈告知〉
 車に戻って夫に電話をする。「あのね…あのね…私ね…」。がんの“が”の字が言えない…。何度も夫の「モシモシ」の声だけが聞こえてくる…。やっとの思いで…「あのね、私…がんって言われちゃった…」。「大丈夫だから…大丈夫だから…」。夫は一生懸命に私に話しかけてきたのを覚えている。
 私は一人で告知を受けてしまった後悔と目の前が真っ暗で自分だけが違った人間になってしまったような絶望感に襲われ、涙で前が見えない、それでも私は会社に向かった。
 夕飯の片付けが終わって流しの電気を消す、そのとたんに孤独感に襲われ流しに向かって声をこらえて泣いてしまった。朝は目が覚めれば夢のことだと思いたかった。
 手術の日が決まった。12月24日! クリスマスに子どもたちと過ごすことができない。小学2年と3年の娘たちに、なんと言っていいのか言葉につまる。「ママね、オッパイに悪いものができちゃってオッパイなくなっちゃうかもしれないけど…オッパイ…取ってもいい?」と、私自身、手術への不安と迷いがあったのでそんなことを聞いてしまった。上の子は黙っていた。名前を呼んでも答えない。下の子が口を開いた…優しく、それでも意思のしっかりとした口調で…「ママのオッパイ無くなってもいいよ…ママの命が助かるんでしょ…」と。私は子どもの前で泣いてしまった。

〈決心〉
 私はこの言葉で怖さも自分の乳房への執着も捨てることができた。命の方がオッパイより大切なのだ。周りにそう思ってくれる人がいる。こんな小さな子どもに教えられた。悪いものは取ればいい、取って治るものなら取ればいい。家のことは同居の主人の母にすべてお願いした。

〈入院〉
 パジャマに着替えて患者になった。入院2日後が手術。昼食のときは病室から出て雑談する。手術を終えた乳がんの女性はみんな明るく元気だった。インターネットではいろいろと顔の見えない相手の情報をたくさん集めては恐怖心ばかり味わっていたが、ここには仲間がいた。やっとたどりついた安堵感があった。
そして、がんの性格、年齢により治療法も違うことがわかった。私はがん年齢では若年組、30代の発病だった。早期のため、温存手術、左乳房4分の1を扇状に切除した。

〈退院〉
 年明けに細胞の検査がでた。ホルモンの影響が強く、おとなしいタイプのがんだそうだ。治療の方針が決まり退院する。社会にポーンと放り出された不安が押し寄せる。退院後3日の会社復帰は早すぎた。心が癒えていなかった。放射線治療・ホルモン療法、日を追うごとに傷は癒えていった。

〈治療〉
 再発防止のために2年間は4週に1度の注射と、平行して5年間薬を飲み続けなくてはならない。この副作用がとても辛かった。この歳で更年期の症状をあじわった。ホットフラッシュ・動悸・うつ状態・眠れない・イライラ感・恐怖心…。
 平静を装う我慢の日々だった。再発防止のためにこんなに我慢をしなくてはならないのか…葛藤のあげく、主治医と相談して注射は1年で中止。更年期の症状を抑える漢方を平行して飲んだが、症状は治まらず、5年服用の薬も2年で止めてしまった。がんの治療は患者が選べる。ただ何もしなければ、目に見えないがん細胞が良い細胞を蝕(むしば)んでいくのだ。

〈無治療〉
 治療を止めた当時は不安がつきまとったが、副作用からは開放された。今では免疫力を高めるためと更年期の症状のひとつの体重の増加をなんとかしたく、通勤を自転車に替え、片道45分の道のりを、風と季節の香りに包まれながら楽しんでいる。五年後の生存率が90%と聞かされた時から付きまとった、体の中に広がっていくがん細胞のイメージ、再発という言葉に怯えたこともあったが、その恐怖から開放され、今ではこのがんによって死ぬとは全く思えなくなった。強くなった自分がここにいる。

〈女性のみなさんへ〉
 健診は自分の体が悲鳴をあげる前に、健康な人が受けるものです。また異変に気付いているのに勇気が出ない方、乗り越えた後には、必ず笑顔があります。自分の笑顔、そして家族の笑顔のために、早く病院に行ってください。私の場合は、しこりに気付き病院に行くまでに2年もかかりました。事実を知ることからの逃避でした。2年でくい止めてくれたのは、友人でした。ふざけて友人に触ってもらった乳房のしこり、そのとたん彼女は私に怒るほど強く病院を勧めたのです。この友人に心から感謝しています。
 それから、これを読んでくださった方、行動を起こしてください。早期なら治るのです。一人でも乳がんによって命を落とす人を救いたい。だから私は胸に、ピンクリボンのバッジを付けます。今朝、夫が「意味のあるバッジをつけるって、いいよね」と言ってくれました。夫のスーツに光るバッジと同じように光り輝いている私のバッジ。理解してくれている実感がもてた一瞬でした。