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10月 3日 桃井真里子のちょっとからくちTALK

桃井真里子のちょっとからくちTALK
チャパツのお父さん…

 もう何十年も前、私が2年目の医者だったときのことです。とても若い夫婦の初めての赤ちゃんが、ダウン症候群という染色体異常を持って生まれました。心臓には雑音があり、いずれはさまざまな検査や治療を必要としていました。生まれたときから前途多難な赤ちゃんでした。お父さんはまだ20歳で、当時極め付きに珍しかったチャパツでした。お母さんはまだ産科病棟で、赤ちゃんだけが小児科に移されたのです。正直、お父さんへの説明は気の重いものでした。チャパツを見たとたん、とんでもなく不安になったからです。診断、心臓のこと、発達が遅れること、などなど若いお父さんにとっては喜び一転、奈落の底に突き落とされるような説明だったことでしょう。じっと聴いていた20歳のチャパツの若者は、きっぱりと言いました。「いいです、大事に育てます」。外見と年齢からは予想だにしなかった言葉を、今も思い出すことができます。

 それ以来です。私は人間の外側や肩書きや、まして職業やなにやかや、人間にくっついているものは、本当に本当にささいな一部だと思うようになりました。医者をしていて良かったと思えるのは、こういう人たちを知る機会があるからです。寝たきりで泣くだけで親も分からないであろう重症心身障害児を24時間、365日在宅でケアをする親がいます。人工呼吸器を付けて在宅ケアをするとお母さんは一歩も外出できません。きれいな若いお母さんAさんもその一人です。外来にとてつもないファッションで来て私の目を楽しませてくれる若いお母さんは、手のかかる発達障害児の育児と周囲の冷たい目と闘うことに必死です。皆、自分のせいではない苦難を背負って、最初は、とまどいました。どうして自分だけ、とつらい時期を過ごしたに違いないのです。たくさんの涙を流して、たくさんの眠れない夜を過ごして、たくさんの怒りを押さえつけて、必死で育児をしています。おそらくは街ですれ違ったなら、ただの人にすぎません。

 発達障害児を苦労して大学まで育て上げてもう外来は卒業ですね、と言い合った母親は言いました。「私、この子を育てて良かったです。そうじゃなきゃ、とっても傲慢だったと思います。苦労して生きる子がいるって分かって良かったです」。偶々(たまたま)教師をしていた方でした。幸運にも病気を持たない子どもを授かった方は、偶々(たまたま)、なのです。偶々の幸運に感謝し、世の中には人知れずたくさんの苦労をしている親がたくさん居ることを知ってください。そして、そういう親子に深い思いを致しながら育児をしてください。それは自分の子どもへの余裕ある気持ちへと通じるはずです。


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桃井真里子さん…自治医科大学小児科学教授。
自治医科大学とちぎ子ども医療センターセンター長